東北で良かった

昨日、今村復興大臣の東日本大震災に関しての「東北で良かった」という発言が大炎上。結局今村氏は復興大臣辞任に追い込まれました。

これまでも「ふるさとを捨てるというのは簡単」「自主避難者が帰れないのは自己責任」などと、およそ復興大臣としての資質を疑問視される発言を繰り返してきた問題人物だけに辞任は当然ですが、もう大臣とか政治家以前に人としてどうなのかというくらいにヒドいレベルなので、大臣辞任だけでなく議員辞職が相当かと思います。また、当然安部総理の任命責任も問われるべきだし、こんなクズ揃いの自民党を政権与党に据え置いてしまっている我々の意識も問われる話です。

 

過去の発言では怒りよりも悲しさ・空しさ・やるせなさ、といった感情が先に合った私ですが、さすがに今回の発言にはブチ切れました。

被害に合った方の人数が多い少ないとか、被害程度が大きい小さいとか、場所が中央か地方かとか、いずれの場合も悲しみに大小はないし、小ならよかったなんて誰も思いません。少なくとも日本人なら東日本大震災が自分の住む場所じゃなく東北で良かったなんて思う人はいないし、誰もが被害を受けた東北に心を痛めていたはずです。日本人でなくても多くの海外の方が東北に追悼の念を送っていました。

そんな、人として当たり前の想いが欠落している今村氏。

彼は佐賀出身だそうですが、もし佐賀で大規模な震災が発生して甚大な被害を受けても「佐賀で良かった」と思うのでしょうか。佐賀県にある玄海原発がメルトダウンしても「佐賀で良かった」と思うのでしょうか。

復興大臣であれば、たとえ東北出身でなくとも東北の方に寄り添い、困っている方の力になり、復興の妨げになっているものがあればそれを解決し、時には東北の代表として政府に噛みつくくらいの気概を持つべき。

残念ながら今村氏はそんな気概を持つどころか、人として最低な人物でした。

今村氏に限らず近年の自民党議員って結局は自分さえよければ他はどうでもいいという自己中心的な考えなのでしょう。原発に関してよく「原発が安全なら中央に作ればいい」という話が出ますが、いくら口では安全と言っても中央で万が一の事故が起きたら一大事だと、その万が一のリスクを避けるために中央ではなく地方に原発を作るのは地方軽視の自己中心的な考えが根底にあるからで、実際に福島で原発事故が起きてしまった今でも棄民とも思えるような対応ばかりで、こんなクズ大臣を据え置いて被災地を傷付けるばかり。

 

度重なる過去の失言でも辞任させなかった安部政権もさすがに今回ばかりはヤバいと思ったのでしょう。今村氏の発言から辞任まではかなりスピーディでした。それもこの先に控える重要法案可決のためにやっと森友問題が立ち消えになりそうなところにこれ以上問題を大きくしたくないという思いの表れかと思います。安部政権にとっては今村氏は捨て駒の一つに過ぎず、無論、被災地の方々に申し訳なかったなどというのは上っ面だけのポーズでしかありません。

もう、こんな連中に日本の政治を任せておくの、やめませんか。

民進党も救いようがないくらいに落ちぶれて、他に代わりがいないという声は随分長く聞かれてますけれど、だからと言って国民のことなどまったく考えない自己中自民党に好き放題やらせておいては日本が良くなるどころか悪くなっていく一方です。

 

まず、今村氏には即刻議員辞職していただきたい。

 


自己責任?

今日、Twitterのタイムラインに大量に流れてきたのが今日の今村復興大臣の会見についてのリツイート。

福島第一原発事故での自主避難者が帰れないのは「自己責任」だと。
それが不服なら「裁判でも何でもやればいい」と。

これらの発言に対して怒りのツイートが溢れたわけですが、なんかねぇ・・・私は怒りというより悲しかったですよ。

汚染に対しての認識は人それぞれに違って、これなら住める、これじゃ住めない、どちらが正しいとはなかなか言い切れないと思います。住み続ける、避難したけど帰る、避難してもう帰らない、いずれの場合も決めるのはその人自身であってその決断は自主的な判断です。が、いずれにしてもその判断は原発事故さえ起きなければ必要なかった判断であって、その原因を作ったのは住んでた人たちじゃありませんし、誰もそんなの望んでなんていません。これって自己責任じゃないですよね?

あの日から6年経っても先の見えない避難者の皆さんがまだたくさんいます。その一方でこの春から避難解除されたり支援が打ち切られたりと、原発事故がどんどん萎縮化されていってるような気がします。

震災が起こった直後、多くの方がお互いに助け合い、譲り合い、励まし合って苦難を乗り越えようとしていました。震災も原発事故も悲しい出来事ではあるけれど、そんな状況で困っている人を助けようと協力し合う日本人の姿勢は誇るべきものだと思ったものでした。

なのに、この国は、復興の旗振りをすべき大臣は、困っている人たちを切り捨てようとする。

こんなの悲しすぎるでしょ。

困っている人に寄り添えない人は国のリーダーにも復興のリーダーにも相応しくないと思います。

 


ふるさとを捨てるのは簡単・・・ですか?

私は見なかったんですが、NHKの日曜党論に出演した今村復興大臣が話の中で

「ふるさとを捨てるというのは簡単ですよ。だけどそうじゃなくて、戻ってとにかく頑張っていくんだというそういう気持ちをしっかり持ってもらいたい」

との発言があり、この発言がTwitterでは大炎上していました。

 

たぶん、本人的にはさほど深い意味はなかったんじゃないかという気がします。

しかし「ふるさとを捨てるのは簡単」という点については多くの方が疑問を持つんじゃないでしょうか。

 

住んでた家を出て他所に引っ越す、というその行動だけなら簡単でしょう。しかし、それを決断するまでの中での紆余曲折はとても簡単という一言で済まされるものではありません。

住んでた地域の汚染の程度、放射性物質に対する認識の差、賠償を受けたか受けてないか、独身なのか家庭があるのか、仕事や住宅ローンの有無、友人や親戚などの地域での繋がり等々・・・、原発事故被災者の状況は様々です。

誰だって住んでた場所で3.11前と変わらない暮らしを送りたい。その想いは避難した人も残った人も同じはず。

しかし、それらを捨ててでもリスクを避けたいという人は断腸の思いで避難したでしょうし、残った方だってリスクを全て無視してるわけではないでしょう。避難解除になってこれから戻る方もいると思いますが、ふるさとに戻れてよかったよかった、だけでは終わらないでしょう。

出る人も、残る人も、戻る人も、とてもたくさんの事を悩んで悩んで悩んだ上での決断。

それを、ふるさとを捨てるのは簡単だと言われたらどんな気持ちになるでしょう。

 

この6年間、あの原発事故を自分に置き換えて考えることが度々あります。

新潟にも柏崎刈羽原発がありますから、柏崎刈羽原発でレベル7の事故が起きたら私もあの6年前と同じ状況に立たされます。風向きを考慮すれば柏崎刈羽原発の東にある新潟市でも帰還困難区域レベルに汚染される可能性はある。避難するならどっちに逃げればいいのか、帰還できないとなれば自分はもちろん家族それぞれの繋がりを全部断ち切って移住するのか、残った住宅ローンを抱えて賠償も受けられないで避難となったらどう生活すればいいのか・・・・。特に父と母が生きてた頃はそんなことをよく考えていました。子どもを被曝させるわけにはいかない、でも身体の不自由な母を連れて避難できるのか、老いた母は見知らぬ土地への避難を拒むかもしれない、そうなったら自分はどう行動するべきなのか。これだという正解も出ず、避難しなければならない事故も起きないまま父と母は亡くなりましたが、同じ状況に立たされる可能性は変わらず、今日そうなるかもしれないのです。

きっと同じ事を考えてる人は多いんじゃないでしょうか。

 

原発の再稼働を進める人たちや汚染地に人を戻そうとする人たちは、そういう考えないのでしょうかね。福島第一原発事故を自分の立場で考えてみれば、とても再稼働してほしいなんて思うわけがありません。

結局、この国のお偉いさん方は弱い立場の人の気持ちに想いを馳せるなんてことができないから「簡単」だなんて言葉が出てくるんでしょうね。

 


あれから6年

今日は3月11日。

今年もこの日がやってきました。

 

ここ数年、この日には同じような事を書いてるような気がします。

あれから6年経っても約3万4000人もの方が仮設で暮らし、約12万3000人もの方が避難生活を続けているとのことで、6年という年月の割に復興がなかなか進んでいないことがよくわかります。

ゆっくりでも着実に復興が進んでいるところもあるんです。高台に移転した新しい商店街がオープンしたなんてニュースを聞けばよかったなぁと思うんですけど、そうじゃない方がまだまだいっぱいいる現実はあまり多く報じられない。

オリンピックだ、豊洲市場だ、森友学園だ、と大きなお金が動く話がたくさんあって、それらを震災復興と直接結びつけるのはナンセンスかもと思いつつ、それだけ動かせるお金やマンパワーがあるならもう6年もの間苦しんでる人たちに回せないものなのかと憤りを感じます。

安部さんは「一定の節目を越えた」との理由で3月11日恒例の記者会見を行わないと決めたそうですが、時間や数字的な節目はあったとしても、現実に節目と思える結果が見えていない現状で何が一定の節目なのでしょう。せめて全ての仮設住宅から退去するくらいの目途が立たないうちは被災地の方にとって節目とは感じないのではないでしょうか。

 

そして、復興を妨げる大きな要因になっているのは言うまでもなく福島第一原発事故。

この春から避難解除になる地域もあるそうですが、いくら除染しても線量が下がらない地域に人を戻すのには個人的には抵抗を感じます。もちろん元のふるさとに戻りたい、住んでた街で暮らしたいという気持ちは痛いほどわかるのです。その気持ちを否定するつもりはありません。が、そこで子どもを産み育てるのに不安を感じる場所で持続的な生活ができるものなのか、世代交代のサイクルが成り立たなければその地域の未来はなく、実際に若い世代で戻る人は少数なのが現実。そこに人を戻し、保障・賠償を打ち切り、6年前と変わらない税金を取り、あとは自分たちで何とかしてね、という政策は復興と言えるのか。

最近は福島第一原発の現状があまり伝えられなくなってきましたが、現地は6年経ってもいい方向に向かっていません。先日も原子炉建屋内は人間が1分と生きてられない線量が計測され、中で融け落ちてる燃料デブリの取り出しはその手段すら見つかっていません。さらに6年の間に度々起こってきた震度4クラスの地震で原発はかなり脆くなってきているという話もあり、建屋が倒壊してまた高濃度の放射性プルームが周辺地域を襲うという可能性もないわけではない。なのに、原発からわずか20km程度の地域にまた人を住まわせるのはまだ早いのでは・・・と思ってしまいます。

 

これは先日Yahooが出した広告。赤いオビに「ちょうどこの高さ」と書かれたのが大船渡で観測された津波の16.7mという高さ。実際に経験した人でなければ実感できない想像を絶する高さです。

1月頃でしたでしょうか。たまたま見かけたリンクから辿った先に辿り着いたのは東日本大震災の写真特集サイト。生々しい津波に流される家屋、瓦礫の山となった街、泣き崩れる人々の写真がそこにありました。6年という年月で当時の記憶が風化し始め、その特集サイトもYahooの広告も、あの日を忘れないようにとのメッセージが込められているわけですが、私は風化どころかあの日テレビで生中継された津波に飲まれる映像が今でも鮮明に頭に残っているし、たぶんこの先も消えることはないと思います。まして原発事故は今も進行形なのですから、イヤでも忘れられるわけがありません。

 

いつか・・・・・「もうすっかり復興したね!」と思える日が来るのでしょうか。

いや、その日は必ず来るのだと思いますけど、少なくとも福島第一原発に関しては私が生きてる間に廃炉を見届けることはできないだろうなと思ってます。

あれから6年経ってウチの子どもたちも大きくなってきて、あと何年かすれば独り立ちできるようになるでしょう。そうなればあとは人生の終わりを待つのみと余生を楽しめるのかもしれませんが、この先の未来を生きる子どもたちにとって自分たちの思い描く人生を歩んでいけるのか、その未来を福島第一原発が阻害するのではないか、それが心配です。

 

あまり暗い気持ちになってばかりでもいけませんね。

不安や危険はあっても、それは常に忘れることなく、その中で前向きに生きていかなければ。

 


柏崎刈羽原発の免震重要棟が耐震不足

先日、柏崎刈羽原発の免震重要棟について、設置されている敷地南側で想定する基準地震動の計7パターン全てに耐えられない可能性があると東京電力が明らかにしました。

免震重要棟とはその名の通り強い地震にも耐えられるように作られた施設で、巨大地震で原発にダメージが発生した際の最後の砦となるもの。福島第一原発の事故で免震重要棟が復旧の最前線となっているのはご存じの通りです。

その免震重要棟が免震になってなかったというのはギャグかと思うくらいのお粗末。

しかもこの事実を把握したのは3年も前の2014年で、この間に公表してこなかったと言うのですから、相変わらずの東電の隠蔽体質がまたも露呈したということです。

もし、この3年間に新潟で大きな地震が起きたらどうなっていたことでしょう。いや、3年間じゃないですね。柏崎刈羽原発に免震重要棟ができたのが2010年ですから7年も隠されてきたということで、もし今、地震によって深刻な事故が起こってしまったら為す術のないまま逃げるしかなくなる可能性があるということ。柏崎刈羽原発は現在停止中ですが、使用済み核燃料は施設内で冷却され続けていますから、福島第一原発レベルの事故が起こる可能性はゼロではないのです。

この発表を受けて「あの」田中委員長ですら「かなり重症だ」と発言する始末。米山新潟県知事も「説明を信じるのが全てのベース。今までの話し合いは何だったのか」と不快感を示し、条件付再稼働を容認している柏崎市の桜井市長も「体質が発展途上だと見せつけられた。再稼働には、より一層厳しい条件を付けなければいけない」と苦言を呈しています。

さすがにこれではどちらかと言えば味方だった人からも呆れられるのもムリはありません。相変わらず新潟県では東電のTVCMが柏崎刈羽原発の安全性を必死にアピールしてますが、もうそんなの誰が信じるのかってくらい信頼は失墜しています。

今回の件で、柏崎刈羽原発の再稼働は事実上なくなったと思っていいかもしれません。これでもまだ再稼働を支持するなんて人は頭おかしいと思います。

東京電力は柏崎刈羽原発再稼働をとっとと諦めて、福島第一原発の廃炉と事故被災者の補償に全力を傾けていただきたい。