篠田昭・新潟市長に抗議します

森友学園問題はついに安部総理本人にまで疑惑が及び、世間の注目はそこに集中しそうな感じではありますが、ローカルな話ながら新潟県民・新潟市民にとっては無視できない問題が出てきました。

 

昨年の泉田降ろしの件で新潟日報の購読を辞めたので紙面は見ていませんが(紙面にも載っていたという情報もありますが未確認)、昨日の新潟日報モアで報じられていた放射性物質を含む汚泥問題に関連したこちらのニュースで気になる発言がありました。

新潟市長、前知事の圧力示唆 放射性物質含む汚泥の仮置き問題|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

以下、一部引用です

東京電力福島第1原発事故後に県内各地の浄水場などに放射性物質を含む汚泥がたまっている問題で、新潟市など7市・団体が2017年度から県外に搬出し処分する方針を決めたことについて、新潟市の篠田昭市長は14日の記者会見で、「前の知事が『あれ(放射性汚泥)を動かすと、あなたたちを逮捕するよ』と言っていたので、県の指示に従わざるを得なかった」と述べ、泉田裕彦前知事からの強い圧力で県内自治体などが処分できなかったとの認識を示した。

これについて、泉田裕彦・前知事が以下のようにツイートしています。

泉田さんが知事在任時に放射性物質への対応に慎重だったのは事実です。汚泥も瓦礫もその危険性を充分に認識し、それと同時に東京電力の責任や放射性物質に対する規制の在り方などについても指摘してきましたが、それはもちろん県民の健康・安全を最優先に考えていたためで、それを「強い圧力」とするのは事実と異なります。そして、泉田さんのツイートにあるように知事に誰かを逮捕する権限はありませんから「あなたたちを逮捕するよ」なんてことを言うわけもありません。

そして今日、泉田さんは篠田市長に電話で確認したことろ、このような回答だったそうです。

泉田さんの発言を拡大解釈しちゃったのか、他の誰かが言ったのを混同してるのか、そのあたりはよくわかりませんが、篠田市長の「前の知事が『あれ(放射性汚泥)を動かすと、あなたたちを逮捕するよ』と言っていたので、県の指示に従わざるを得なかった」という発言は完全に虚偽(あるいはねつ造)で、在任中、新潟県民のために尽力されてきた泉田さんを冒涜するものです。

さらに篠田市長に同調する国定・三条市長と、森・前長岡市長は篠田市長と共に震災瓦礫処理の中心人物であり、昨年の泉田降ろしネガティブキャンペーンの中心人物でもあります。

彼らはどこまで泉田さんを逆恨みするのでしょう。とても市政を担うリーダーとは思えません。

篠田市長はいつ・どこで言われたのかすら憶えてないのに、稲田防衛大臣にように「私の記憶によれば」で何でも話を作ってオフィシャルコメントを出すのでしょうか。泉田さんに言われた言葉が事実であれば同席者の証言も取って反論すればいい。そうすれば知事を退任しても篠田市長にとって煙たい存在であり続ける泉田さんを完全に潰すことができます。しかし、これが泉田さんの方が正しくて、篠田市長の発言が虚偽だった場合、もはや失言で済むレベルの問題ではなく、辞職相当だと思います。

 

この発言について、篠田市長に発言の訂正と泉田さんへの謝罪を求める抗議のメールを送りました。

篠田市長本人が目を通すのかはわかりませんが(広聴相談課からは目を通して市政に役立てるという定型の返信はありました)、他にも同様の抗議をしてくれた方がいらっしゃるようですので、篠田市長はこの声を無視することなく、事実に基いて説明をしていただきたいと思います。

同じく抗議のメールを送ろうという方は以下から

市長への手紙 新潟市

 

しかし、新潟日報も泉田降ろしの件からロクでもないですね。あれを紙面でそのまま読んだ人は泉田さんのことを完全に誤解しますよ。ウソを書いて人を陥れる新聞なんて早く潰れてほしいです。

 


粘りますね

連日報道されている森友学園問題に絡んで稲田防衛大臣が追い込まれてきました。

が、なかなかとどめを刺せない。

あれだけネタが出てくれば辞任は免れないように思うのですが、稲田大臣は頑なに辞任を拒否し、言い訳はもう支離滅裂状態だってのに野党も追及が甘い。

だいたいこういうパターンだと散々ゴネて結局傷を深めて辞任ってオチになるもんですが、稲田大臣もかなり粘ります。

まぁこれだけ粘って辞任しないってことは、その先にある本丸までは是が非でも食い止めたい思いの表れなんでしょう。

そもそも今回の件に限らず稲田大臣はこういう人ですからすぐ辞めさせるべきなんですけど。

 

野党も森友学園だけじゃなく加計学園のネタも握ってるんだから出し惜しみしないでガツンとぐうの音も出ないほど突っ込んでやればすぐ片付くのにねぇ。

 


ふるさとを捨てるのは簡単・・・ですか?

私は見なかったんですが、NHKの日曜党論に出演した今村復興大臣が話の中で

「ふるさとを捨てるというのは簡単ですよ。だけどそうじゃなくて、戻ってとにかく頑張っていくんだというそういう気持ちをしっかり持ってもらいたい」

との発言があり、この発言がTwitterでは大炎上していました。

 

たぶん、本人的にはさほど深い意味はなかったんじゃないかという気がします。

しかし「ふるさとを捨てるのは簡単」という点については多くの方が疑問を持つんじゃないでしょうか。

 

住んでた家を出て他所に引っ越す、というその行動だけなら簡単でしょう。しかし、それを決断するまでの中での紆余曲折はとても簡単という一言で済まされるものではありません。

住んでた地域の汚染の程度、放射性物質に対する認識の差、賠償を受けたか受けてないか、独身なのか家庭があるのか、仕事や住宅ローンの有無、友人や親戚などの地域での繋がり等々・・・、原発事故被災者の状況は様々です。

誰だって住んでた場所で3.11前と変わらない暮らしを送りたい。その想いは避難した人も残った人も同じはず。

しかし、それらを捨ててでもリスクを避けたいという人は断腸の思いで避難したでしょうし、残った方だってリスクを全て無視してるわけではないでしょう。避難解除になってこれから戻る方もいると思いますが、ふるさとに戻れてよかったよかった、だけでは終わらないでしょう。

出る人も、残る人も、戻る人も、とてもたくさんの事を悩んで悩んで悩んだ上での決断。

それを、ふるさとを捨てるのは簡単だと言われたらどんな気持ちになるでしょう。

 

この6年間、あの原発事故を自分に置き換えて考えることが度々あります。

新潟にも柏崎刈羽原発がありますから、柏崎刈羽原発でレベル7の事故が起きたら私もあの6年前と同じ状況に立たされます。風向きを考慮すれば柏崎刈羽原発の東にある新潟市でも帰還困難区域レベルに汚染される可能性はある。避難するならどっちに逃げればいいのか、帰還できないとなれば自分はもちろん家族それぞれの繋がりを全部断ち切って移住するのか、残った住宅ローンを抱えて賠償も受けられないで避難となったらどう生活すればいいのか・・・・。特に父と母が生きてた頃はそんなことをよく考えていました。子どもを被曝させるわけにはいかない、でも身体の不自由な母を連れて避難できるのか、老いた母は見知らぬ土地への避難を拒むかもしれない、そうなったら自分はどう行動するべきなのか。これだという正解も出ず、避難しなければならない事故も起きないまま父と母は亡くなりましたが、同じ状況に立たされる可能性は変わらず、今日そうなるかもしれないのです。

きっと同じ事を考えてる人は多いんじゃないでしょうか。

 

原発の再稼働を進める人たちや汚染地に人を戻そうとする人たちは、そういう考えないのでしょうかね。福島第一原発事故を自分の立場で考えてみれば、とても再稼働してほしいなんて思うわけがありません。

結局、この国のお偉いさん方は弱い立場の人の気持ちに想いを馳せるなんてことができないから「簡単」だなんて言葉が出てくるんでしょうね。

 


あれから6年

今日は3月11日。

今年もこの日がやってきました。

 

ここ数年、この日には同じような事を書いてるような気がします。

あれから6年経っても約3万4000人もの方が仮設で暮らし、約12万3000人もの方が避難生活を続けているとのことで、6年という年月の割に復興がなかなか進んでいないことがよくわかります。

ゆっくりでも着実に復興が進んでいるところもあるんです。高台に移転した新しい商店街がオープンしたなんてニュースを聞けばよかったなぁと思うんですけど、そうじゃない方がまだまだいっぱいいる現実はあまり多く報じられない。

オリンピックだ、豊洲市場だ、森友学園だ、と大きなお金が動く話がたくさんあって、それらを震災復興と直接結びつけるのはナンセンスかもと思いつつ、それだけ動かせるお金やマンパワーがあるならもう6年もの間苦しんでる人たちに回せないものなのかと憤りを感じます。

安部さんは「一定の節目を越えた」との理由で3月11日恒例の記者会見を行わないと決めたそうですが、時間や数字的な節目はあったとしても、現実に節目と思える結果が見えていない現状で何が一定の節目なのでしょう。せめて全ての仮設住宅から退去するくらいの目途が立たないうちは被災地の方にとって節目とは感じないのではないでしょうか。

 

そして、復興を妨げる大きな要因になっているのは言うまでもなく福島第一原発事故。

この春から避難解除になる地域もあるそうですが、いくら除染しても線量が下がらない地域に人を戻すのには個人的には抵抗を感じます。もちろん元のふるさとに戻りたい、住んでた街で暮らしたいという気持ちは痛いほどわかるのです。その気持ちを否定するつもりはありません。が、そこで子どもを産み育てるのに不安を感じる場所で持続的な生活ができるものなのか、世代交代のサイクルが成り立たなければその地域の未来はなく、実際に若い世代で戻る人は少数なのが現実。そこに人を戻し、保障・賠償を打ち切り、6年前と変わらない税金を取り、あとは自分たちで何とかしてね、という政策は復興と言えるのか。

最近は福島第一原発の現状があまり伝えられなくなってきましたが、現地は6年経ってもいい方向に向かっていません。先日も原子炉建屋内は人間が1分と生きてられない線量が計測され、中で融け落ちてる燃料デブリの取り出しはその手段すら見つかっていません。さらに6年の間に度々起こってきた震度4クラスの地震で原発はかなり脆くなってきているという話もあり、建屋が倒壊してまた高濃度の放射性プルームが周辺地域を襲うという可能性もないわけではない。なのに、原発からわずか20km程度の地域にまた人を住まわせるのはまだ早いのでは・・・と思ってしまいます。

 

これは先日Yahooが出した広告。赤いオビに「ちょうどこの高さ」と書かれたのが大船渡で観測された津波の16.7mという高さ。実際に経験した人でなければ実感できない想像を絶する高さです。

1月頃でしたでしょうか。たまたま見かけたリンクから辿った先に辿り着いたのは東日本大震災の写真特集サイト。生々しい津波に流される家屋、瓦礫の山となった街、泣き崩れる人々の写真がそこにありました。6年という年月で当時の記憶が風化し始め、その特集サイトもYahooの広告も、あの日を忘れないようにとのメッセージが込められているわけですが、私は風化どころかあの日テレビで生中継された津波に飲まれる映像が今でも鮮明に頭に残っているし、たぶんこの先も消えることはないと思います。まして原発事故は今も進行形なのですから、イヤでも忘れられるわけがありません。

 

いつか・・・・・「もうすっかり復興したね!」と思える日が来るのでしょうか。

いや、その日は必ず来るのだと思いますけど、少なくとも福島第一原発に関しては私が生きてる間に廃炉を見届けることはできないだろうなと思ってます。

あれから6年経ってウチの子どもたちも大きくなってきて、あと何年かすれば独り立ちできるようになるでしょう。そうなればあとは人生の終わりを待つのみと余生を楽しめるのかもしれませんが、この先の未来を生きる子どもたちにとって自分たちの思い描く人生を歩んでいけるのか、その未来を福島第一原発が阻害するのではないか、それが心配です。

 

あまり暗い気持ちになってばかりでもいけませんね。

不安や危険はあっても、それは常に忘れることなく、その中で前向きに生きていかなければ。

 


追いつかない

森友学園問題の経過が気になるところなんですが、お仕事がどうにもいっぱいいっぱいでニュースをチェックしてるヒマもTwitterのTLをチェックしてるヒマもありません。

森友はとっとと片付けてほしいところではあるけれど、認可取り下げや理事長辞任で幕引きなんて終わらせ方では誰も納得しないので、きちっと黒幕まで暴いて関係者はしっかり処分していただきたい。そこまで行けば安部辞任まで行くでしょう。

 

しかしまぁ、どうしてこうも仕事が集中するんでしょ。

お仕事頂けるのはとってもありがたいのですが、一人じゃなかなか追いつかないのが現状。

春に向けてそろそろVWとバイクもJoyしたいしねー。

そのためにもやるべきことを森友学園問題より早く進めなければ。

もちろんD-Styleでは中途半端に幕を引くようなお仕事は致しません。

全てのお仕事、キッチリ仕上げます。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・なので、もうちょっと待ってて~~~(汗)

 


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