昨年暮れから大騒ぎになっている派遣切り。
今になってもニュースや新聞で●●社が▲▲人削減とか■■社が期間従業員をゼロへとか出てくるのは良くなるどころか悪くなる話ばかりで、今日なんかも大手企業で社員の削減にまで踏み切るところも相次いでるようで、この先いったいどーなっちゃうんだろうって感じです。
先日、仲間内での飲み会でもそんな話が出たんですけど、その時は「いつでも切れるのが派遣なんだから切られて文句言うのはおかしい」「切られるのがイヤだったら社員になればいいのにならなかった方が悪い」「住む家がなくなったのなら実家に帰ればいい」など、派遣を擁護する声は皆無で、それに対して確かに大筋では私も同意なんですけど、なんだか違和感みたいなのを感じて「そうだそうだ」とは言えない気分でした。
だって、もし自分や自分の家族・親族・友人・恋人がその立場だったとしたら・・・・やっぱ思うコトは変ってくるんじゃない?
私は派遣ではありませんが一般の会社に勤めているワケじゃないですからいつ仕事が無くなってもおかしくないって点では派遣とそれほど変らないし、ウチのヨメさんだってパートですから条件的には派遣と何ら変りません。もちろん私もヨメさんも自ら選んでこのポジションにいるワケですから、仕事が無くなってもパートをクビになっても誰かに文句を言うつもりはありませんけど、愚痴くらいは言うでしょう。ローンが払えなくなって自宅を明け渡さなければならなくなったら自業自得とは言え「せめて次の仕事とアパートが決まるまで待っておくんなせぇお代官様~」と懇願するに違いありません。まぁ、当然そうならないために日々努力してるワケですが、そんな可能性を100%否定できない自分は派遣切りになった人に「お前が悪いんじゃん」って一言だけで片付けられないって言うか・・・・なんか複雑なんですよねぇ。
その一方で派遣を切った企業は切られた人やマスコミから言いたい放題言われてるワケですが、一方的に会社が悪いみたいな風潮もどうなのかとやはりここでも違和感を感じます。ウチには社員も派遣もバイトもいませんから切ること自体がありませんけど、これが社員を何人も抱えて業績も悪化しているようだったら同じように切れるところから切ってると思います。でも派遣を切ってる会社の全てが血も涙もない冷酷人事をしているかと言えばそうとも言い切れないでしょう。中にはそういう会社もあるでしょうが、自分の会社を助けてきてくれた人に「辞めてくれ」って言うのは言う方だって切ないですよ。もし将来自分自身にそういうことがあるんじゃないかと想像すると胃が痛くなります。
で、これら一連の派遣切りを見ていて思い出したのが「トロッコ問題」
トロッコ問題というのは去年の11月にビートたけしの特番の告知で紹介されていたので覚えている方も多いでしょう。私もそれで初めて知ったんですけど概要としては「壊れて制御できなくなったトロッコが線路を暴走。その線路の先には事態を知らない5人の人が立っている。5人の手前には分岐点があり、それを自分が切り替えれば別路線に引き込むことができるが、その先にも別の1人が立っている。この時分岐を切り替えるべきかどうか」という問題で、要は5人を助けるために1人を犠牲にしてもいいか、ということです。
「5人と1人なら5人を助けるべき」という意見もあれば「本来死なずに済んだ1人を犠牲にしてはいけない」という意見もあり、はたまたその命運を分ける選択を自分がするのか・していいのか・どちらを選ぶべきなのか、など解釈や考え方によって様々な意見があり、実際にこの問題には正解となる答えは用意されていません。他に「カルネアデスの板」「臓器くじ」「冷たい方程式」などの似たような問題もありますが、どれも答えに困るものばかりです。
派遣切りをする会社側からすれば「会社を存続させ社員を守るためには派遣切りもやむなし」というのは正論で、切られる前提の派遣が文句を言うのは確かにお門違いでしょう。トロッコ問題でも数の原理からすれば5人を助けて1人に犠牲になってもらうのが正論かもしれません。でも、もしその1人が自分の友人とか家族だったら・・・・と考えるとそれが大正解!とも思えないし、その判断をするのが自分だったらどっちを選んでもいい気分はしません。
なんか論点がズレてきちゃったみたいですが、自分で商売してると人を使う立場も使われる立場も同じようにわかるので複雑なんですよねー。そう言いながら結局何もしてあげられない自分は偽善者と言われても仕方ないですが・・・・・そんなコトを考えながら、一緒に飲んでた彼らは自分や家族や友人が同じようになっても同じことを言えるのかな・・・・なんて思ってたのでした。