斉藤和義 on USTREAM

昨日の記事で斉藤和義の「ずっとウソだった」に触れましたが、昨夜はその斉藤和義がUSTREAMで「斉藤和義 on USTREAM『空に星が綺麗』」と銘打った震災支援ライブを生中継しました。

私、これがあるのを知らなかったんですが子供を寝かせてからPCつけてTwitter見たらフォローしてる方がつぶやいてるのを見つけて大急ぎでUSTREAMへアクセス。8時からのスタートでこの時点で1時間くらい過ぎてはいたもののちょうど「ずっと好きだった」から続く「ずっとウソだった」も見ることができました。

なんかねー、時代のワンシーンを目撃したかのような感覚になりましたよ。
まるでベルリンの壁崩壊の現場に居合わせたかのような。
大袈裟かもしれないけどそんな感じ。

今回の「ずっとウソだった」が物議を呼ぶ中で同じく語られるのがRCサクセションの「Covers」。
「Covers」は収録曲の中に反原発を歌った曲があったため、原発企業でもある東芝EMIの親会社・東芝から圧力がかかってリリースが中止に至ったという経緯があります(後にレーベルを変えてリリース、詳細はWikipediaを)。
今回の件でも動画アップやそれが削除されている経緯などからこの曲及び斉藤和義本人に何かしらの圧力がかかるのではないかと危惧する声があったりして、USTREAMライブでも「ずっとウソだった」が歌われるのかが注目されていたようです。

そして彼は歌いました。

曲の途中で画面が止まり「まさか圧力かかった?」と思わせるシーンもありましたが、これは単に視聴者数増加でトラフィック負荷がかかりフリーズしただけのようです。恐らく私のようにSNSで知って見に来た人が多かったんでしょう。ピークは3万人以上が視聴していましたからね。そんなドラマティックな展開(表現が不謹慎かなぁ)がありつつも、彼はもう一度最初から歌い直し、最後まで歌いあげました。

忌野清志郎がサマータイム・ブルースを歌った頃、メッセージは圧力で潰され、表現の手段はメディアによって縛られていた。

しかし今はあの頃と違う。

我々は彼らの声を消してはいけない。

 

ずっとウソだったんだぜ

斉藤和義が自身の「ずっと好きだった」の歌詞を変えて反原発を唄った「ずっとウソだったんだぜ」がYouTubeを端に発して広がっています。
なんか、コピーがアップされては削除の繰り返しらしいのでココには貼りません。見たい方はYouTubeやニコ動で探してください。たぶんすぐ見つかります。

で・・・・この曲に対して「よくぞ唄ってくれた」と称賛する声もある一方でやっぱり批判的な意見も多いようなんですが、「原発がなくなったら電気はどうする」といったまるで日本の電力が全て原子力でまかなわれているかのような誤認識や、「唄うなら事故が起きてからではなく事故の前から唄えよ」とか「売名行為」などの原発ではなく斉藤和義へのすり替えたバッシングなど、私から見たら批判的な意見はどうにも幼稚なものばかりに思えます。

 

「ビデオ撮ってる時点で電気使ってるじゃん」なんてまるでバカなツッコミ。
斉藤和義は原発に反対していても電気を使うことに反対なんかしてねーつーのっ!

 

「原発全部止めて原始的な生活にするんですか」ってアホかよ。
現に福島第一第二が止まってるのに関東は電気使えてるじゃねーか。

 

批判してるヤツらは未だに「原子力はエコでクリーンで安全なエネルギーです」ってのを信じてるわけ?

 

先日の記事(それでも原発に賛成するのか)に書いたロイターのオンライン調査。その後も投票数が伸びてあれから8日経った現時点での結果はこう。

計画通り、原発を増設 5062 票, 25% ⇒ 14643 票, 23%
計画を見直し、原発を減らす 6568 票, 33% ⇒ 18626 票, 29%
原発を全廃 8287 票, 42% ⇒ 30042 票, 47%

全廃票が大幅に伸び、推進票は比率こそ下がったけれど、あれから1万人近くも「計画通り原発を増設」に投票しているヤツがいる。
もうね、何度でも言いますよ。
頭おかしいんじゃない?

 

事故が起こってから唄うのがそんなにいけないことなんでしょうか。斉藤和義が以前から反原発の姿勢だったかは知らないけれど、そんなことは問題じゃないでしょう。前から反対していた人も、事故をきっかけに反対の考えに転じた人も、今回の福島原発事故に向き合いこれからの未来を考えようとしている。売名行為?大いに結構じゃないですか。無名の私がブログで100万件記事を書くより彼の一曲の方がはるかに届くんですから。

心の中で思ってたって相手には伝わらない。
大事なのは声に出すこと。
だから声に出して叫ぶんです。

 

 

原発はもういらねぇ

太陽光発電の課題

ここ数日の新潟市はとてもいい天気が続いていて、屋根の上のソーラーパネルはいい時には自給率60%以上をマークするくらいにいい具合に発電してくれています。

で、地震が起きて計画停電の話が出てから会う人に
「D-Styleさんトコは停電になっても太陽光発電あるからいいよねー」
とよく言われます。

これ、あながちハズレてもいないんですが正解ではありません。

太陽光発電システムはソーラーパネルとセットでパワーコンディショナー(パワコン)というものが必要で、これは太陽光で発電された直流の電気を交流に変換して家庭で使えるようにする装置なのですが、パワコン自体は普通に外からの電気で動いているので、つまり停電になるとパワコンが動かず発電した電気を変換することができないんですね。
一応、停電時に備えてパワコン側面にはコンセントが付いていて自立運転することで太陽光を非常用電源として使える機能もあるにはありますが、この場合は当然日射量に応じた量しか電気が使えませんので夜間はもちろん日中でも太陽が雲で遮られればアウト。しかも発電している時でも発電量は刻々と変化しますから例えば扇風機とかラジオとか単純にON-OFFで動くようなものはOKでもパソコンみたいに常に一定以上の電気が必要なものは使えません。
つまり、それほど万能ではないってことですな。

これの一番の問題は蓄電できないこと。
蓄電池を組み合わせたシステムもないことはないけれどコスト面でまだまだ一般的ではないし、オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策で話題になったスマートグリッド(次世代送電網)では電気自動車を蓄電池の代わりに使うという方法も考えられているけど実現にはまだハードルが高い。

しかし安くて高効率の家庭用蓄電器の開発や代替エネルギーの普及などが進めば太陽光や風力、地熱などの自然エネルギーをうまく組み合わせて原子力や火力による発電の比率を下げていくこと(希望としては全廃)は不可能じゃないですよね?

また、今回の福島第一原発の事故でもわかるように大規模発電システムの一極集中はそこがダメージを受けると途端に電力不足に陥るリスクを抱えてますが、小規模な発電・蓄電を分散させることでトラブルによるリスク回避もできるし電力の地産地消も可能。福島から関東への送電で膨大なロスを生むより遥かに効率的です。

技術やコストなど越えなければならないハードルは多いけど、原子力発電なんてとんでもないバケモノを作り出すことができたんですからできないことはないと信じたいものです。

入学式

今日は午後から中学の入学式に行ってきました。

息子の通う中学校は私の母校でもあります。

いやー、久しぶりに入りましたよ中学校の校舎。

んーと、もう25年くらいぶり?

すっかり中学の頃の記憶なんて薄れかかっていましたが、校舎に足を踏み入れると「あーそうそう、こんなだった」とおぼろげながら記憶が蘇ってきてプチタイムトリップです。

式は粛々と執り行われ、真新しい制服に身を包んだ新入生とそれを迎える在校生それぞれを見てると、あの子供から大人への微妙な過渡期が凝縮されているようで、これから中学3年間を過ごす息子がどのように成長していくのか楽しみでもあり不安でもあります。

式のあと教室に戻っての担任からの話ではやはり東日本大震災についても触れていました。

未だ学校どころではない子供たちが大勢いる中でこうして不自由なく中学に通えるというのは非常にありがたいこと。

これをラッキーと思わず、他人の痛みや苦しみを我が身のように感じ、困っている人たちに手を差し伸べられるような大人になってくれることを願います。

農作業

昨日はヨメさんの実家ですじまき(苗の種まき)のお手伝いをしてきました。

すじまき自体はベルトコンベアーによるオートメーションの流れ作業で、「へぎ」と呼ばれるトレーに土が敷き詰められ、その上にすじ(種)が捲かれ、シャワーのように水が注がれ、その上にまた土を被せていくという流れのエンドレス。装置はどちらかと言えば原始的でシンプルなものですが、無駄なくしかし完璧に行われるその動きはずっと見ていても飽きることなく私はけっこー好きだったりします。私が手伝うことと言えばせいぜい出来上がったへぎをトラックに積むくらいでたいしてやることはなく、メインはその後の何百個ものへぎをハウスに運ぶ作業。これが普段デスクワークの万年運動不足な私にとってはかなりの重労働で翌日の筋肉痛のもととなるのですが、ハウスの中で適度に体を動かしているとポカポカ暖かくて気持ちいいくらいで、これも案外キライじゃありません。

そんな昨年と何ら変わらない親戚一同集まってすじまきをする光景。

みんなの顔もいつもと同じ。

しかし、被災地ではすじまきどころか田畑をガレキで埋められていつ農業ができるのかの目処すら立たないところがたくさんあります。地震や津波の被害を受けなくても放射能の影響で出荷制限を受けていたりこの先農業ができるのかどうかもわからないところがたくさんあります。

目の前のいつもの光景と報道で知る被災地の光景。
どちらも現実なのにそのあまりにも大きいギャップが現実を非現実的に思わせます。

もちろん新潟が何の問題もなく農業が営めるということではないでしょう。
誰も口にしなかったし私もあえて聞きませんでしたが、農家のみなさんが放射能の影響を心配していないはずはありません。

いつかこの不安と恐怖が消える日がくるのでしょうか・・・・。