お墓に避難

6月下旬に南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳のおばあちゃんが自殺されたそうです。
各ポータルのトップニュースにも出ていたのでニュースを読まれた方も多いでしょう。
おばあちゃんが残した遺書には「私はお墓にひなんします ごめんなさい」と記されていたそうです。

こんな悲しいことってない。

ニュースを読んで・・・・胸が締め付けられる思いと共に涙があふれました。

 

基本的に私は自殺を一切擁護しません。いかなる理由があれど、どんなに苦しい思いをしていたとしても、親から授かった命を自ら絶つのは決して許されない行為だと思っています。世の中には病気や事故、あるいは他人の故意によって命を失う人がたくさんいます。今回の震災でも多くの方が亡くなりました。生きたくても生きられなかった人たち。私たち生きている者はその人たちの分まで生きなければなりません。当然、人の命を殺めるなど言語道断。子を持つ親となってその気持ちは更に強くなりました。

しかし、このおばあちゃんを非難することはできない。

本来であればこの先天寿を全うするはずで、本人も家族もそれを望んでいたはず。
いつまでも長生きしてほしいと皆願っていたはず。
それがたった一度の原発事故で自殺という選択に至ってしまった。
このおばあちゃん以外にも震災や原発事故によって人生を狂わされた方が自ら命を絶っています。

こんな悲しいことってないです。

地震や津波は我々人間の力で防ぐことはできない。それでも人は過去の経験から学び、それらの被害をできるだけ少なくするように防災に力を注いできました。東北ではチリ地震津波を経験した先人の教えを受け継ぎ被害を免れた地域があったと聞きます。阪神淡路大震災や中越地震での経験が被災者救援や被災地支援に活かされてもいます。最近は防災と共に「減災」という考え方も多く語られるようになりました。こうしてまたいつ来るかもわからない災害に備え、生活の知恵を蓄えて人は生きてきました。

それなのに原発はどうだ。

これだけ大きな被害を出し、多くの人の健康や生命を放射能の恐怖に晒し、故郷にも戻れないたくさんの人がいるというのに、一方では止まっている原発を再び動かそうとしている。

できることなら経験したくなかった経験を我々はしてしまった。
ならばそれを教訓として学ばなければならない。
地震や津波をコントロールすることはできなくても、原発は止めることはできる。
再び動かすのは人間の判断で自然現象ではない。

 

おばあちゃんが自らの命と引き換えに残した言葉。

これを読んでもまだ原発を起動するスイッチを押せるのか。

 

おばあちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。