中越地震から10年

今日で新潟県中越地震から10年。

もちろんあの時の記憶は忘れてなんかいませんが、もう10年も経った?って気がします。でも、あの時まだ小さかった娘がもう来年は中学生ですから、やはり時は過ぎているんだなと、そんなところで感じたりもしますね。

 

阪神淡路大震災以降、防災への取り組みや住宅の耐震性などの意識が高まり、実際効果は上がってると思います。

しかし、10年前の中越地震、その後の中越沖地震、東日本大震災、そしてこの前の御嶽山の噴火や毎年のように起こる豪雨水害など、阪神淡路大震災以降も我々の想像を超える自然災害が度々起き、多くの犠牲が生じてきました。

いつ、どこで、何が起こるかわからない。

南海トラフ地震や関東地震、富士山の噴火など、いずれ起こるだろうと言われている災害もあるし、またそう遠くないうちに、いや、今このブログを書いている瞬間にも災害に直面することになるかもしれない。

そのためには日頃の備えが大事だというのはわかってるんですが、ホントに何が起こるかわからなすぎて何を準備していいものやらというのが正直なところ。一応、食料や水の備蓄、防災用品の準備なんかはやってはいますけど、実際それで充分かって聞かれたら間違いなく不充分だと思います。

想定しきれない!

それに中越地震から10年も経って、防災への意識が風化してる面もあったりしますしね。

なかなか難しいです。

 

きっとこの先、私が生きてる間にも何度かの震災は経験するかと思います。しかし、命さえ守れば壊れた家や道路は直せるし、時間はかかるけど復興は必ずできる。

そう考えると、100年経っても消えない放射性物質で大地を汚染する原発事故というのはどんな巨大な自然災害よりも厄介なもの。地震や大雨は人間の力で防ぐことはできないけれど、原発事故は原発さえなければ起きないものですからこれは正に人災。東日本大震災だって原発事故がなければ復興のスピードもかなり違っただろうにと思います。

昨日もこの先100年の巨大噴火の可能性がどうのってニュースがありました。もちろん可能性はゼロではありません。しかし、その可能性の数字がどうのと論ずるよりも、ゼロではない可能性の災害をどれだけ最小限にできるかと考えなければ意味はないんですから、なければ起こらない原発事故を防ぐためにも早期廃炉を進めていただきたいものです。