永作博美、41歳。
大島優子、23歳。
ヘタすりゃ親子ほど年の離れた二人がまるで姉妹のように見えるのはある意味驚異的。
それはもちろん大島優子が大人びているんではなく、永作博美が若々しいからに他ならないわけで、永作博美は一児のお母さんでもあるんですけど・・・・全然子持ちに見えん・・・・つか、私と同い年とも思えん。
彼女はもしかしたら70超えても今のイメージのままかもしれませんね・・・・・。
最近、韓国・李明博大統領の竹島上陸や天皇陛下に関しての発言、香港の活動家の沖縄・尖閣諸島に上陸・逮捕、ロシア・メドベージェフ首相の国後島訪問など、日本の領土への外的圧力が強くなってきて、中でも李明博大統領の言動は異様ささえ感じます。
これまでの歴史的背景や国民感情、その領土周辺に眠る資源など、様々な事柄が複雑に絡み合う領土問題はなかなか簡単に解決するものではなく、だからこそ長い間問題を引きずってきたわけですが、ここへきて強硬な姿勢が強く出ているのは一体何なんでしょう。また、それに対して相変わらず弱腰な日本の外交は、私自身は売り言葉に買い言葉で過激な方向に行くのは望まないにしても、ちょっと情けなく思うところもあります。
もちろん過去の事を忘れろとは言いませんが、過去の事は過去の事として、今、そして未来を生きるこれからの世代のためにも建設的・平和的に歩み寄るってことはできないんでしょうか?
・・・・・できないから拗れてるんですよね(汗)
挑発的な行動起こしてもあんまりいいことないと思うんですけどねー。
韓流とかK-POPとかどーなっちゃうんでしょ?
沖縄基地問題をなんとかしようとするアメリカがウラで手を回してるなんてのは考えすぎ?
日本侵略なんてのはカンベンしてもらいたいものです。
今日は娘と二人で「おおかみこどもの雨と雪」を見てきました。
映画館なんて行くの、どれくらいぶりでしょう。
何年か前・・・・って言っても相当前に劇場版クレヨンしんちゃんを見に連れてった以来でしょうか。
あの時、真っ暗い映画館を怖がっていた娘も、今ではでっかいポップコーンを抱えてムシャムシャ食べながら見れるようになっていましたよ。
映画は・・・・なかなかよかったです。
暖かく、優しく、悲しく、切なく、嬉しくもある、「おおかみこども」というファンタジーな設定の中でも、みなさんのご家庭で普通にあるような日常の中で繰り広げられる喜怒哀楽と共鳴するような、子供の頃に抱いていた気持ちと、親になって知った気持ちを感じられるような、そんな映画でした。
小中学生のお子さんをお持ちのお父さん・お母さんは親子で見ると色々と感じるところがあるのではないかと思います。
あ、独身の方でももちろん楽しめますよ。
あとは、自然風景の描画がよかったですね。
ジブリでもよく自然が重要なファクターになる作品がありますが、ああいう豊かな自然を美しく描く美術の仕事や監督の表現能力というのは作品のクオリティに大きな影響を与えますね。花と雪と雨が雪の中を駆け回るシーンなんかは特にいいと感じました。
ただ残念なのは、我々が暮らす今の日本では1年5ヵ月前までは普通にあったああいう自然との戯れが制限されること。フィクションである映画よりもSFチックな世界に住まざるをえないというのはなんとも皮肉で、映画のシーンを見てると非常に羨ましく思えてなりません。
世間では今日からお盆休み突入、早いトコだと昨日からでしょうかね。
D-Styleは明日8/12~8/16までお盆休みとさせていただきます。
ホームページ制作・SEO対策・グラフィックデザインなど、休み中のお仕事のお問い合わせはメールで受け付けておりますので、メールフォームよりご連絡いただければ休み明けにこちらから返信致します。
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また、歯科医院リンク集「ムシバゼロ.jp」へのリンク掲載依頼も受け付けておりますので、こちらもご連絡いただければ休み明けに掲載サイトを更新致します。
休み期間中もできるだけメールチェックするようにしますが、レスポンスは遅くなると思いますのでご了承ください。
よろしくお願い致します。
さて・・・・・休み中は何して過ごしましょうか。
1回くらいは海に行こうと子供たちにせがまれておりましたが、お天気はあんまりよろしくないようで、寒中水泳は中年にはこたえるので屋内プールでお茶を濁すとか・・・・・。でもお盆中はドコも混むんでしょうねー。
疲れない程度に休ませてもらえるといいのですが。
8月6日の広島に続き、昨日の8月9日は長崎で原爆の日を迎えました。
今年で67年。
今もなお消えることのない悲しみ。
原爆投下から25年後に生まれた私は子供の頃から戦争の愚かさや原爆の恐ろしさを学んできたわけですが、日本が核廃絶を訴える一方で平和利用を名目に次々と作っていった原発に対しては心の中では「ない方がいい」と思いつつもどこか他人事で、旧ソ連でチェルノブイリ原発事故が起きても、中越沖地震で柏崎刈羽原発がトラブルを起こしても、まさか自分たちが核の恐怖に襲われる日が来ることなど夢にも思わずにいました。
そして昨年、日本は3度目の核爆発を経験しました。
人は本来、実体験によって学び、成長していくものですが、実体験がなくとも自分の親や学校の先生、先輩や上司、果てははるかご先祖様などなど、多くの先人が経験し学んだことを教訓として伝えてくれます。でも、未経験の状態でそれを素直には受け取らなかったりもします。幼い頃は特に、親の忠告など聞かずに痛い思いをするまでわからないといったことが多々思い当たります。
原発もそうだったのでしょうか。
実際に事故が起こるまで危険性を自覚できない。
2度の原爆投下を経験し、チェルノブイリやスリーマイルという前例もあったのに。
でも、今この日本に生きている我々は福島第一原発事故を正にリアルタイムで経験したわけです。
これから数年の間に起こるであろう放射能の恐怖も同時に。
これだけ痛い思いをしたなら、もう懲り懲りと思うのが普通。
なのに既存の原発は廃炉にならないし、安全性なんて担保されていないのもわかっていながら再稼働するし、ウラではコソコソと新設の計画も進んでいる。
広島・長崎の方々が67年経っても忘れず語り継ぐ教訓も、福島第一原発事故では1年で風化するのか。
東日本大震災の発生が予測されていなかったように、いつまたどこで大きな地震や津波が起こるかわかりません。
4度目の核爆発を経験する前に、昨年の事故を最後の教訓にすべきではないでしょうか。